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宇都宮地方裁判所 昭和47年(ワ)136号 判決 1974年4月30日

原告

篠崎ウメノ

ほか七名

被告

株式会社磯部

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告篠崎ウメノに対し金一七九万九、七三四円及びにこれに対する昭和四七年三月二六日以降完済まで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し、各金二七万一、三五三円及びこれに対する前記の日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告篠崎ウメノのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告篠崎ウメノと被告らの間に生じた分はこれを四分し、その一を原告篠崎ウメノ、その三を被告らの負担とし、その余は全部被告らの負担とする。

四  この判決は第一項にかぎり仮に執行できる。

事実

第一  原告は、「被告らは連帯して、原告篠崎ウメノに対し金二二九万九、七三四円及びこれに対する昭和四七年三月二六日から完済まで年五分の割合による金員、原告篠崎一雄、同長谷川節、同篠崎晴司、同篠崎馨、同篠崎厳、同猪瀬正枝、同篠崎正克に対し、それぞれ金二七万一、三五三円及びこれに対する前記の日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告らは請求棄却の判決を求めた。

第二  原告らは請求の原因として次のとおり述べた。

一  被告石塚喜一は、昭和四五年三月一六日午後六時四〇分ころ、宇都宮市築瀬町三七〇番地の一地先国道四号線上において貨物自動車を運転して道路端の空地に自車を進入させたのであるが、当時は夜間であつて右自動車は荷台から約五メートル突出して鋼材を積んでいたため、右自動車が前記空地に進入した後もなおこの鋼材の突出部分のみは国道上に突出ているのであるから、このような場合、運転者は道路交通法五六条、五八条及び同法施行令二四条により当該部分の見やすい箇所に赤色の灯火または反射器をつけ、同道路を進行する車両と折触することを未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、灯火の設備がありながらこれを点灯せず、折柄右道路を時速約三〇キロメートルの速度でバイクに乗車して進行してきた原告篠崎ウメノの夫でその余の原告らの父である訴外亡篠崎宇一の顔面に右鋼材を衝突せしめ、よつて同日右宇一を頸椎骨折により死亡させた。

二  右事故は被告石塚の一方的過失に基くものであるから、民法七〇九条により、被告株式会社磯部は右自動車を自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条によりいずれも右事故により生じた損害を賠償する義務がある。

三  右宇一は本件事故当時満六三歳で、篠崎運送有限会社の代表取締役として同会社から月額七万円の報酬及び年間二〇万円を下らない賞与を得ていたものであつて、もし本件事故にあわなかつたならば、なお一五年間就労して少くとも右同額の収入を得たはずである。

そこで、その間の同人の生活費を月額二万円と見てホフマン式により逸失利益を計算すると、四六九万九、二〇〇円である。

ゆえに、原告ウメノは宇一の妻としてその三分の一の五六万六、四〇〇円、その余の原告らはそれぞれ二一分の二の各四四万七、五四三円ずつを相続取得した。

四  次に原告ウメノは字一の葬儀費用、石塔建立費用のうち五〇万円を支出して同額の損害を受けた。また、宇一の突然の事故死にあつた精神的苦痛に対する慰藉料としては原告ウメノが一九〇万円、その他の原告らが各三〇万円ずつを受けるのが相当である。

五  原告らは右損害に対し、自賠責保険金から五〇〇万円の給付を受けたから、これを相続分に応じて充当すると、原告ウメノは一六六万六、六六六円、その他の原告らは各四七万六、一九〇円の弁済を受けたから、原告らはそれぞれ右各金額を控除した請求趣旨記載の金額及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年三月二六日以降完済まで年五分の割合の金員の支払を求める。

第三  一 被告らは答弁として次のとおり述べた。

被告石塚の過失の点を除く原告主張一の事実を認め、同二を否認し、同三の損害額を争い、その余は不知、同五のうち自賠費保険金五〇〇万円を受領したことを認め、その余の事実を争う。

二 被告会社は答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

1  被告会社は本件貨物自動車の運行供用者ではない。

すなわち、本件貨物自動車は訴外高橋幸吉の所有であつて、被告会社は東京から鋼材を運搬するため臨時に借用し、被告会社従業員叶野栄一がこれを運転して東京に赴き、荷物を積みこみ、山形県に帰る途中、昭和四五年三月一五日午後三後半ころ宇都宮市内においてエンジンに故障を生じ、走行不能となつた。

2  そこで被告会社の営業部長である訴外門田恒二は同日午後四時ころ自動車修理業者株式会社桜井自動車工場に翌一六日中に完了するよう修理を依頼し、当該自動車を引渡した。

3  よつて、この時点以降、右自動車の修理が完了し右修理業者からその引渡を受けるまでの間、被告会社は前記自動車の運行供用者たる地位を離脱したものであるから、右修理完了前、前記桜井自動車工場の従業員である被告石塚が試運転中に起した本件事故については被告会社は運行供用者としての責任はない。

4  仮に被告会社に責任があるとしても、亡篠崎宇一には重大な過失がある。

すなわち、同被告は前述のとおり試運転のため工場外の道路を走行したが、エンジンの出力が弱かつたため再び修理工場内に当該自動車を乗り入れようとして、道路とほぼ直角の形になつたところでエンジンが停止してしまつた。

そのときの停止の状況は荷台の半ばまでは歩道内に入り、道路に出ている部分に鋼材の末端を含めてもせいぜい四メートルくらい(当時積載していた鋼材の全長は六・六八メートル、荷台の長さ四メートル、荷台上から突き出している鋼材部分の長さ二・六八メートル)であり、当該道路の片側車線にはまだ四メートルの余地があつた。

しかるに、右宇一は前方注視を念り漫然高速度で進行したため本件事故にあつたのである。ゆえに右過失は本件賠償額の算定にあつて十分参酌されなければならない。

第四  証拠〔略〕

理由

一  被告石塚の過失の点を除く原告主張一の事実は当事者間に争いがない。

右事実と〔証拠略〕を総合すると、本件事故発生の経過は次のとおりである。

被告石塚は昭和四五年三月一六日午後六時四〇分ころ、同人が従業員として勤めている宇都宮市築瀬町所在桜井自動車整備工場が被告会社から修理を依頼された貨物自動車を試運転のため運転して同工場に帰る途中、同工場前の国道から右折して同工場敷地内に進入しようとした際、同車のエンジン不調や積荷の重みなどのため、後輪が歩車道境の段差につかえて停止したところ、同車の荷台には長さ約六・六メートルの棒鋼約四二本が荷台端から約二・二メートル突き出る状態で積んであつたため、右積荷の端は同国道の車道の道路中心線付近まで達して右車道の東側部分の過半を塞いでいたのであるから、日没後の暗い同所を通過する車両の運転者がこれに気付かず衝突するかもしれないことを考慮して右積荷の後部に同車道を進行してくる車両の運転者に見易いように標識灯を掲げ、または見張りを置いて合図するなどして前記の危険を未然に防止する義務があるのにこれを怠つたため、右積荷が進路の前方を塞いでいることに気付かず自動二輪車を運転して右車道上を進行してきた篠崎宇一(当時六三年)をして右鋼材の突き出ている部分に衝突するに至らせて頸椎骨折の傷害により即死させたものである。

以上によると、被告石塚の過失は明白である。

被告会社は篠崎宇一にも過失があつたと主張するが、前示事実及び〔証拠略〕を考え合わせると被告会社営業部長門田恒二により本件事故発生の数分前まで事故現場の通過車両のためになされていた見張、誘導は事故発生時点には中止され、代つて同人が前記積荷上に置かせた標識灯もその位置が適当でなかつたため篠崎の進行してきた方向からは積荷の蔭に隠れて見えなかつたことが認められる、ゆえに被告の主張は採用しない。

二  前記各証拠によれば、被告会社はかねてから本件車両の所有者としてこれを自己の運行の用に供してきたこと、本件事故の前日同会社営業部長門田恒二は本件車両が故障したため前示桜井自動車整備工場に修理を依頼してこれを引渡し、本件事故当時は、なお同工場においてこれを試運転中であつたが、右試運転中被告会社従業員で本件車両の運転手である叶野栄一が同乗し、前記門田は右工場において修理完了をまちながら、本件事故直前までは前述のとおり自ら本件事故現場に出て前記見張り、誘導を行なつたことが認められる。

以上の事実によると、被告会社は本件車両を修理のため桜井自動車整備工場に引渡した後もなおその運行に対する自己の支配を失つていなかつたものと認められる。

ゆえに本件車両の運行供用者は本件事故当時も被告会社であつたといわねばならない。

よつて被告両名は各自本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償する義務がある。

三  〔証拠略〕によれば、篠崎宇一は生前篠崎運送有限会社を経営し、月額七万円の報酬、年額二〇万円の賞与を得ていたことが認められる。そして同人は本件事故当時満六三歳であつたから、本件事故にあわなければ将来なお七年間就労し、毎年生活費月額二万円を控除した年額八〇万円の利益をあげ得たから、その間に得べき総利益の現価を年利五分としてホフマン式(複式)により算出すると、少なくとも原告主張の四六九万九、二〇〇円となることは算数上明白である。

四  原告篠崎ウメノが右宇一の妻として二一分の七、その他の原告らが二一分の二ずつの割合で前記権利を共同相続したことは前記認定事実と〔証拠略〕により認められる。

次に前記認定事実によれば、原告ウメノの受けうる慰藉料は一九〇万円、その他の原告らのそれは三〇万円ずつとするのが相当である。

原告ウメノは葬儀費用、石塔建立費用として五〇万円を支出したと主張するが、これにそう〔証拠略〕はすぐには採用できず、他にこの点の証拠はないから、右主張は採用しない。

五  原告らが本件事故の損害賠償として自賠責保険から五〇〇万円の支払を受け、これをそれぞれ前記相続分に応じて前記請求権中、原告ウメノが一六六万六、六六六円、その他の原告らが各四七万六、一九〇円の一部弁済を受けたことは原告らの自認するところである。

ゆえに被告らに対し前記各原告らの請求権から右各金額を控除して、原告ウメノは一七九万九、七三四円、その他の原告らはそれぞれ二七万一、三五三円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和四七年三月二六日以降完済まで年五分の割合による金員を連帯して支払うことを求めうるものといべきである。

よつて、原告らの請求は右の限度で正当として認容できるが、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤貢)

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